
夜、窓を開けたら、風の温度が、少しだけ変わっていました。
昼のあいだは、あんなに暑かったのに。
どこかで、虫が鳴いています。
ひとつ、ふたつ。
まだ、遠慮がちに。
もうすぐ、立秋です。
暦の上では、そこから秋がはじまります。
正直に言うと、はじめて知ったとき、うそでしょう、と思いました。
日中はまだ、外に出た瞬間に息が止まるような暑さで。
アスファルトの照り返しも、引く気配なんてまるでなくて。
それなのに、暦はもう、次の季節の名前を呼んでいる。
わたしは、それが、なんだか嬉しいのです。
季節は、わたしたちより少し先を歩いている
肌で感じる暑さと、暦の言う秋。
そのあいだには、大きなずれがあります。
でも、そのずれこそが、ほんとうなのかもしれない、と思うことがあって。
自然は、いつも、わたしたちが気づくより先に動きはじめています。
誰も見ていない夜のあいだに、風はもう、次の準備をしている。
虫たちは、それをちゃんと知っている。
暑さの真ん中にいる人には、まだ何も変わっていないように見えるのに。
「何も変わっていない」時期にも、動いているものがある
わたしのところには、こんな声がよく届きます。
やれることは、やっているつもりなのに。
気持ちも切り替えたはずなのに。
何も、変わった実感がありません、と。
その気持ちは、痛いほどわかります。
わたし自身、何年もそこにいたことがあるから。
でも、いまなら思うのです。
実感がないことと、動いていないことは、まったく別のことなんだ、と。
立秋の日に、涼しくなる人はいません。
それでも、その日を境に、日の入りは少しずつ早くなっていく。
ある朝ふいに、空の高さが変わっていることに気づく。
変化は、いつも、気づかれないところから始まっています。
暮らしのなかに、「間」を戻す
昔の人は、一年を二十四に分けて、さらに細かく七十二に分けて暮らしていたそうです。
涼しい風が立ちはじめる頃。
ひぐらしが鳴きはじめる頃。
深い霧がまとわりはじめる頃。
五日ごとに、季節に名前をつけていた。
それって、五日ごとに、空や風をちゃんと見ていた、ということですよね。
わたしたちのカレンダーには、予定は書かれているけれど、季節は書かれていません。
次の予定へ、その次の予定へ。
間を詰めるほど、うまくやれている気がしてしまう。
でも、疲れてしまうのは、たぶん、忙しさそのものより、間がないことのほうなんです。
今日は、こんなことを試してみませんか?
「夜、いちど窓を開けてみる」……ほんの十秒でかまいません。風の温度と、聞こえてくる音だけ確かめます。頭ではなく、肌で季節を受け取る時間です。
「今日の空を、ひとことだけ書き留める」……手帳の隅に「くもり、少し涼しい」でじゅうぶんです。続けるうちに、自分の暮らしにも季節があったことに気づきます。
「予定のない十五分を、先に入れておく」……空いたら休むのではなく、休むために空けておく。これが、暮らしに戻す「間」になります。
最後に
季節は、誰かに急かされて変わるわけではありません。
暑さのなかで、静かに、自分の順番で移っていきます。
あなたも、きっと同じです。
いまが変わらないように見えても。
まわりのほうが、先に進んで見えても。
あなたの内側では、もう次の季節の準備が始まっている。
それが表に出てくるまでの時間は、人によってちがうだけです。
焦らなくて、いいのです。
無理に、涼しくならなくていいのです。
今日も、あなたにとって穏やかな時間が流れますように。
星と引き寄せのカウンセラー、宮西でした。
窓の外で、虫の声が、さっきより少しだけ増えた気がします。
あんなに長かった夏も、こうして、少しずつ手を離していくのですね。
窓は、開けたままにしておきます。
おやすみなさい。
また、夜のどこかで。



