
九月に入ったとたん、
夕方の風が、変わりました。
まだ暑いけれど、
風の芯のところが、涼しい。
ああ、夏が終わっていくなあ、と
ベランダで、しばらく
その風に当たっていました。
夏の終わりって、
どうしてこんなに、
さみしいのでしょうね。
特別な夏を過ごしたわけでも
ないのに、
セミの声がまばらになったり、
日が短くなったりするだけで、
胸の奥が、きゅうっとなる。
でも最近は、こう思うのです。
このさみしさは、
悪いものではないな、と。
さみしいと感じるのは、
その季節を、ちゃんと
生きたからです。
暑い暑いと言いながら、
朝の水やりをして、
スイカを切って、
洗濯ものを、何度も干して。
なんでもない夏の日々に、
心のどこかが、ちゃんと
なじんでいたということ。
終わるものを惜しめるのは、
そこに、意味があったからなのです。
さみしさは、味わっていい
だから、このさみしさは、
急いで片づけなくていいと思うのです。
「秋には秋の楽しみがあるし!」と
無理に切り替えなくても、
夕方の風に当たりながら、
「終わっちゃうなあ」と
しみじみする時間が、あっていい。
季節の変わり目のさみしさは、
心が季節と一緒に生きている、
やさしい証拠だから。
最後に
今年の夏も、おつかれさまでした。
あなたの夏に、
小さくても、いい時間が
ありましたように。
今日も、あなたにとって
穏やかな時間が流れますように。
星と引き寄せのカウンセラー、宮西でした。
来年の夏に会うころには、
わたしたちも、少しだけ
違うわたしたちになっているのでしょう。
それも、楽しみのひとつとして。
また、夜のどこかで。



