「被害者意識」を手放す

こんにちは、スピリチュアルライフコーチ・宮西万理です。
 
皆さん、自分が「被害者意識」を持っているかどうかって
意識されたことありますか?
 
これ、けっこう知らず知らずのうちに持っていたりするんです。
この被害者意識を認識して手放すと、人生観が変わります。
 
私は最近、自分の中の被害者意識に気が付く出来事がありましたので、
それについてお読みいただきたいと思います。
 

 
私は大学生の時に、とても学びの多い時期を過ごしました。

実は最近まで、その時起こった出来事に対して
「あの時、○○さんにあんな風に言われたから、私は××させてもらえなかった。」
という思いを長年持っていました。
 
その○○さんが悪い人だとは思っていませんでしたが、
言い方や指導の仕方が悪かったために、自分はすっかり
自信を無くしてしまったのだと思っていました。
 
何をしても怒られていたので、卒業間際になる頃には
「こんなに役に立たない自分は死んだら良い」
と全ての自信がくじかれた状態で人生に絶望していました。

 
あの人のせいで私は自信を失った。
あの人のせいで私は大学院に行けなかった。
あの人のせいで卒業式に親を呼べなかった。
あの人があんな言い方したから、
あの人のせいで、あの人のせいであの人のせいで…
 
誰にこの話をしても「それはひどい言われようだったね。辛かったね」
と言ってくれるので、自分には悪い点は無く、周囲の人たちや
環境が悪かったためにひどい経験をしたと考えてきました。
 
それでも私は、自分が被害者意識を持っているなんて思ってもいなくて、
「その時はつらかったけど、今思うと良い経験をしたと思っているし、
私はそんなマイナスな考え方してないよ~!(^^)!」とか思ってました。
 

 
ですが、私が大学時代の思い出を語る時、必ず
「〇〇された」「こんな風に言われた」「△△するのを止められた」
「そのせいで××できなかった」
と語っていることに気が付きました。
 
本当に「良い経験をした」と心底思っていたら、
そんな言い方になるはずがないことに気が付きました。
論理的に考えて、頭では納得いく理由を付けていたけれど
本当には納得していなくて、
大きな被害者意識を持ったままだったことに気が付きました。
 
でも何度考えて直してみても、どうしても
「あの人がああ言ったから私は…」という意識が手放せません。
 
被害者意識を持っていることを認識してみると、
こんなマイナスな考え方をしていることが恥ずかしくて、
もっと前向きに人生をとらえたくて「一体どうしたら…」と考え続けました。
 
そして、ふと
「じゃあもし、この大学自体の経験をしていなかったとしたら?」
と思いました。
 
その時に私は心底、気が付きました。
「この経験は自分に必要な経験だった。」
 
この経験があったから、今自分が人に接する時、
相手の考えや気持ちを聞いて、その人の性格を把握して、言い方を考えて
その人が分かるように話そうとするようになったことに気が付きました。

成功の可能性が少なかろうが、その人がやりたい事に自由に挑戦し、
自ら成功や失敗を経験して、実体験から学ぶ機会を絶対に止めないようになりました。
 
感謝を感じたら手紙を書いたり、
仲が良い人とも嫌いな人とも連携を取って
団体で活動するという経験をさせてもらいました。
本来1人が好きで団体活動が苦手な私は、強制されない限り
自らそんな環境に飛び込むなんて挑戦は、絶対にしなかったと思います。
 
数え上げたらきりがないほどに、私は与えてもらっていたのです。
 
思い出すたびに恨みがましく思っていたその人に、心から感謝が浮かびました。
私に必要な経験を与えてくれてありがとう、と。

恨んでいたあの人は、一瞬で恩人に変わりました。
 
辛かった思い出が消え、恨んでいた人がいなくなり、人生に感謝しました。
そして、こういう人生を歩ませてくれた神様にも。
 


 
今までと違う視点を知って、重い感情を手放せることがあると想像してみて下さい。
人生がより良く、より楽しいものに変えられるとしたら?

また、既に楽しい人生を送られている方。
より楽しい人生を送れる可能性があるかもしれないと考えてみてください。
新しい観念を知ってみるのも良いかもしれないと思いませんか?
 
被害者意識を手放した今、被害者意識や恨みの心を持ったまま生きる事は、
最高の幸せではないと私は確信しています。
 
 

ちょっと視点を変えるだけで感じられる幸福感を、
是非たくさんの方々にも感じてもらいたいと思います。
 
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観念を自分で選び取る

私は「人生は怖いことに満ち溢れている」と
思っていたことに気が付きました。
 

 
他人は、私から時間や労働力や気力を奪っていく存在。競争する相手。

まるでブランドの限定商品の奪い合いのように、
他の人が何かを手に入れれば私の取り分が減るのだと思っていました。

 
美人に生まれなかった私は不運。
あの時、怒られた自分は被害者。
あの時、自由を制限された自分は被害者。
大学院に行かせてもらえなかった自分は被害者。
〇〇を押し付けられた、〇〇をやらされた、
××された、△△された、された、された…

 
私の被害者意識は、他人の中の愛を信じられない私を作りました。
人を恐れ、怒られれば委縮して、心を閉ざし続けてきました。
他人に迷惑をかけて、口先で謝っても本当には反省してなくて、
性悪説を信じていた私。
 
そして、自分の人生や、
私たちが生きているこの地球も信じていませんでした。

自分は偶然生まれてしまって、暮らしている環境は
いつでも危険に満ち溢れていて、
いつ自然災害や事故や病気で死ぬかもしれない。
 
今 命があるのは、今 毎日ご飯にありつけているのは偶然ラッキーが
続いただけのことで、かろうじて命を長らえているだけだと。

 

 
年老いて命の炎が尽きるその時まで、
少しでも嫌な出来事に出会わないように、
嫌な人に出会わないように、
不運が起きないように願って生き続けるのだと。

だけど今、スピリチュアルに出会って、12ステップセッションで
自分の人生を分析し、その考え方が全く変わりました。


被害者意識を認識して手放しました。
完璧ではない自分を許し、受け入れました。
他人への恐れを手放し、過去の嫌な思い出を手放しました。
 

恨みがましく嫌っていたあの人もこの人も、私の学びのために
「嫌な人」の役割を演じてくれたソウルメイトなのだと感じました。
悪事を働いた人を自分が寛大になって許してあげるのではなく、自分のために、
自分の心を軽くするために許しが必要なのだと理解しました。
重い感情を、自分のために手放しました。
いえ、「自分のために」とか考えて無理やり自分を納得させる必要もなく、
人生の仕組みを理解するだけで、自然に「ゆるし」が起きたのです。
 

嫌な出来事を別の視点から見ることを学びました。
自分の人生に起きる出来事に何一つ間違っているものは無く、
意味の無いことなど無いことを確信しました。
 

起きた出来事の意味は、いつでも自分のとらえ方1つで、
ネガティブにもポジティブにも捉えられることを知りました。
いつでも自分が主体となって、観念を選択できるのです。

 
宇宙、神様、創造主。呼び方は何でも構いません。
創造主が私たち人類すべての人々に万全であるように、
環境も人生も周到に準備してくれているのを知りました。
そしてその周到な人生設計には、自分も関わって
生まれることを決めてきたのだと、信じています。

 
他人が私から何かを奪うことは無く、
私も他人の何かを奪ってしまう事はありません。
全ては完璧なのです。

 

 

自分の中の論理的な思考が不安を吐き出して私を現実に引き戻そうとします。
 

「宇宙の仕組みなんて、スピリチュアルなんて、科学的根拠が無いんじゃない?」
そんなことはどっちでも構いません。
 
「そんな夢物語みたいなことを信じるなんてばかばかしいと
誰かに批判されるかもしれないよ?」

そういう意見もあると受け入れた上で、気にしない心構えを
持つことができるようになりました。

 
例えば、雪男やUFOやツチノコが本当にいると信じている方が、
人生ちょっと楽しくなりますよね。
そんな、人生が楽しくなる発見をしたような感じ。
しかもUFOよりも、
もっともっと人生に確信をもって生きていけるような大事な信念を。

 
自分の人生歩んでいくに際し、自分が信じたいことを信じて、
自分が幸せになれる考え方を選んで生きていくのに、
なぜ理性的な思考や他人からの批判を気にする必要があるのでしょうか?
私は他人の意見に振り回される
人生ではなく、自分の人生を生きたいのです。
 

ちょっと視点を変えるだけで感じられる幸福感を、
是非たくさんの方々にも感じてもらいたいと思います。
 
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