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2026.10.04

写真に写るのが、嫌になっていませんか|その日そこにいたことは、消さなくていい

家族のグループに、写真が届きました。

お昼にみんなで集まったときの一枚です。

指でひろげて、まず自分の顔を探してしまいました。

目の下の影と、口のまわりの線。

すぐに閉じて、スマホを置きました。

取り込んだ洗濯物が、たたまないまま床に積んであります。

 

 

「いい写真だね」と返したほうがいいのは、分かっています。

でも、なんて返せばいいのか、まだ決められずにいます。

 

鏡で見るときは、ここまでじゃないのに。

写真になると、急に年をとった顔がそこにいる。

 

知恵袋にも、同じ声がありました。

写真館で撮った家族写真を見て、

目の下のたるみやシワの多さに驚いた。

鏡では、そこまで老けた顔をしていないのに、と。

 

アラフィフの方の、こんな質問もありました。

年を重ねるうちに、鏡を見るのが嫌になってきた。

でも、このまま見なくなったら、

ますます老け込みそうでこわい。

 

どちらも、読んでいて他人事ではありませんでした。

わたしにも、おぼえがあるからです。

 

 

端に立つ、カメラを受け取る

 

写真がいやになると、

まず、並ぶときに端へ寄るようになります。

それから「撮ってあげるね」と、カメラを受け取る側にまわる。

 

そうしているうちに、

あとで見返したアルバムから、自分がいなくなっています。

 

四十代で写真を避けるようになった漫画家さんが、

こんなことを描いていました。

一年をふり返ったら、自分が写っている写真が一、二枚しかない。

このままでは、自分が存在していないみたいだ、と。

 

 

撮っている人は、何を残したいのか

 

反対側の声も、知恵袋にありました。

写真が好きなお母さんの質問です。

子どもが大きくなって、カメラを向けると怒るようになった。

よそのおうちは当たり前に写真を撮っているのに、

うちには子どもの近ごろの写真がない。

本音は、とても寂しい、と。

 

この方が欲しかったのは、

きれいに写った子どもの顔ではないと思います。

その日、その子がそこにいた、という一枚です。

 

今日の写真を送ってくれた人も、

たぶん、同じものを残したかったのではないでしょうか。

あなたの目の下の影を、確かめるためではなく。

 

 

写った顔を、好きにならなくてもいい

 

写った顔を好きになりましょう、とは言いません。

がっかりするのは、自然なことだと思います。

 

ただ、がっかりした気持ちと、

その写真を消すかどうかは、別々に決めていいのです。

顔は気に入らなくても、

その日そこにいたことまで、なかったことにしなくていい。

 

 

今日は、こんなことを試してみませんか?

 

「ひろげる前に、全体を見る」

届いた写真は、拡大する前に、まず一枚まるごと眺めてみてください。

誰が笑っているか、どこで撮ったか。自分の顔は、そのあとで。

 

「消すのは、一晩おいてから」

がっかりした夜に、消すかどうかを決めなくて大丈夫です。

日をおいて見たら、思ったほどではないこともあります。

 

「一枚だけ、端から一歩入る」

ぜんぶの写真に写らなくていいのです。

一枚だけ、いつもより少し真ん中のほうに立ってみる。それで足ります。

 

 

最後に

 

写真の中の顔に、がっかりする夜があってもいいと思います。

それでも、その写真には、あなたがその場にいたことが残っています。

いつか見返したときに、そこにあなたがいるように。

焦らずに、無理のない一枚から、

あなたのペースで写ってみてください。

今日も、あなたにとって穏やかな時間が流れますように。

 

 

星と引き寄せのカウンセラー、宮西でした。

 

 

写真は、消さずに保存しました。

「いい写真をありがとう」と送って、

床の洗濯物を、たたみはじめます。

おやすみなさい。

また、夜のどこかで。

カテゴリ: ブログ、夜のコラム
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