ソウルメイトってどんな人?

今日は”ソウルメイト”についてお話します。

”ソウルメイト”について勘違いされがちなのが

”一生いっしょに生きていく愛する人”
だけがソウルメイトなんだと思っている場合。

必ずしもそうではありません。

心から愛しあうパートナー

そんな人も もちろんソウルメイトですが、
ソウルメイトは異性だけに限りません。

困った時に助けれくれた人
自分にとって大切なことを教えてくれた人

こんな人だって、あなたのソウルメイトです。

なんなら

自分をいじめた人
大嫌いだった人
ウマが合わなくて好きになれない人

そんな人もソウルメイトなんです。

好きな人、
助けてくれた人はまだわかるけど
なんで嫌いな人がソウルメイトなの?

例えば、嫌いな人は、
あなたは何が嫌いで
どんな風にされたらイヤで
本当は自分は何をしたいと思っているのか気付かせてくれる存在。

いじめてくる人は
あなたに”いじめられる”という経験を与えてくれます。

そして”いじめ”が人にどんな影響を与えるか
身をもって経験させてくれる人

あなたは経験をするために生まれてきてるんですね。

楽しいこと、嬉しいこと
怒ること、嫌なこと、
がっかりすることを経験するために。

色々経験したうえで、

あなたは何を選びたいのか
どんな人生を送りたいのか
どんな人間になりたいのか

選択して生きるために
あなたはソウルメイトに出会います。

なので、自分に良くも悪くも
自分に大きな影響を与える人に出会った時こそ、

「あ!この人から私は何が学べるのかな?
 何を経験させてもらってるのかな?」

って考えると、

ただただ
「うわー嫌な人がいて困る~」
「あの人が嫌いで悩む…」

だけで終わらずに、
ちゃんとあなたのソウルメイトからの
メッセージを受け取ることができますよ。

スンナリ納得がいく

今日は嫌なことがあった時の対処法についてお話します。

やなことがあったら落ち込んじゃいますよね。

「なんでこんなことが起こっちゃったんだー!」
「うわー、最悪だ!」
「運が悪い…」

それどころか、相手があることだったら

「なんであいつはこんなことしたんだ!」
「こんな風に考えたなんて、おかしい!」
「あいつのせいで台無しに…」

違う違う、そうじゃないんです。

そんな風に考えてたらいつまでたっても
「自分は不幸」ループに陥って
ますます不運な出来事を引き寄せちゃうんです。

起きる出来事には全部意味があります。

人との出会いでも、一見、悪い出来事だと思えるようなことにも。

なので、嫌なことが起こったら

「うわー!最悪だー!!」

に目を向け続けるんじゃなくて、

何を学ぶためにこの出来事は起こったんだろう?

私に何を経験させるためにこれが起こったんだろう?

っていう視点を持ってみてください。

何を学ぶために??

って考えて、いろんな可能性をあげてみても、
なかなかすぐには納得いかないでしょう。

私も現在、ショックな出来事があって
その意味を探している最中です。

「悲しみを乗り越える強さを身に着けるため?」

「嫌なことがあっても、
 前向きに進む力をつけるため?」

色々考えてみるんですが、まだ何かしっくりきてません。

そして、しっくりこない間は
悩み続けてもいいし、悲しんでもいいし、怒ってても良いです。

「怒ってるとネガティブなことを
 引き寄せるから怒るのやめないと!」

これ、一番まずいです。

ネガティブな感情を見ないようにしても
実は心の奥には”ある”ままなので
意味ないんですね。

でも、考え続けて
その出来事が起こった”本当の理由”が

「これだ!」

って分かっちゃったときには

グチグチとネガティブ思考のまま
落ち込み続けるのではなく

「あー!これを学ぶためかー!
 じゃあ、この部分改善していこうかな」

ってスンナリ納得がいきます。

そして、その課題を乗り越えるために一歩踏み出すことができるようになります。

今回の私はまだ”スンナリ”の1歩手前。

もう少しだけ、宇宙からの課題に取り組んでみようと思います。

理想の仕事の見つけ方

私の仕事は
ゆるい引き寄せクラスというセッションの提供です。

現在もせしょんを提供しつつ、
どうすればより成果が出るのか。

どうすればもっとクライアントさんの思いに寄り添うことができるのか。

そんな改善点について思案中。

セッション以外のサービスもつけられないのか。

セッションの振り返りがしやすいように、ウェブサイトを構築したらどうか。

セッションをして「いい話を聞いた!」で
終わるのではなく、その後ずっと続けていける習慣づけができる仕組み。

続けていけること。
これがすっごく大事なんじゃないかなって思ってます。

一瞬、良い話を聞いたと思って感動しても、その後の日々の生活に変化が無ければ意味が無いと思ってます。

難しい問題なんですが…

これを考えるの、すっごく楽しいです。

仕事がすっごく楽しい。
仕事で誰かの役に立てる。
さらに喜んでもらえるかも。

これって、最高じゃないですか?

一日8時間、週5日働くとすると
人生の大半を仕事に費やすことになります。

仕事が楽しい=人生が楽しい
とも言えますよね。

実は、就職していた頃は常にストレスを抱え、
嫌なのを我慢しながら毎日仕事に行っていました。

平日は、
「土日が早く来ないかな」って考えて、

休みの日には、
月曜から始まる仕事のことを
考えて憂鬱になって…

常に先のことばかり考えて
「今」を一生懸命
生きていなかった気がします。

今はスピリチュアルに関わる
この仕事に幸せを感じます。

面倒くさいな、大変だなって感じることも
もちろんあるんですが、

生活のために就職して、
我慢して仕事に行っていた頃とは
基本の幸せ度が違います。

「そりゃ、あなたは自分に合う仕事を
見つけられたからよかったけど、
普通はそうはいかないよ!」

そう思われた方…

実は、あなたにもあるんです。

幸せや、やりがいを感じながらできる仕事が
どの人にもあるんです。

どうやってそんな仕事を見つけていくのか…

このお話の続きは次のブログで
お伝えさせていただきますね。

あなたの幸せは、みんなの幸せにつながる。

「人と同じ=幸せ」ではない

「人生、こんなもんでしょ」って

思ってる人が多いなって思います。

今日はそこのところをお話ししますね。

例えば


・今の仕事はやりがいがあるとか
 好きとかじゃないけど、仕事って
 嫌でも我慢してやるものでしょ。

・夫婦関係冷めちゃってるけど、
 離婚しても生活に困るから今のままで仕方ない。

とか、

・親にいつも
 「こうしなさい、ああしなさい」
 って言われて、本当は嫌だけど
 親の言う事は聞くものだから…

・職場の人間関係にうんざりしてるけど、
 次の仕事が見つかるかどうか
 分からないから、辞めないで我慢してる。
など…

そんな、
「みんな我慢してるんだから仕方ない」
「仕事(とか結婚)って、こんなもんでしょ」
という観念で自分を納得させて、
我慢しちゃってる人が多いように思います。

 


確かに、
「みんな我慢してる
ことなんだから、それが当たり前」
っていう雰囲気もあると思います。

でも、実際はどうでしょう。

私たちの人生の目的は、
「幸せになる事」なんです。

 

なのに、
周りの人たちがそうだから。
皆やってることだから。
…って
自分の幸せよりも
「みんなと同じであること」を
優先させている人が多いんですね。


「沈没船ジョーク」をご存じでしょうか。
これは、国民性を端的に表したジョークで、
的を得ていると有名です。

世界各国の人々が乗った
豪華客船が沈没しかかっています。
でも、乗客の数に比べて、
脱出ボートの数は足りません。
その船の船長は、乗客を
海に飛び込ませようとしますが…。
さて、船長が各国の人を
飛び込ませるために言った
言葉とは何でしょう?

アメリカ人には
「飛び込めばヒーローになれますよ」
イタリア人には
「海で美女が泳いでいますよ」
フランス人には
「決して海には飛び込まないで下さい」
イギリス人には
「紳士はこういう時に海に飛び込むものです」
ドイツ人には
「規則ですので海に飛び込んでください」
日本人には
「みなさんはもう飛び込みましたよ」

え、皆さんが
飛び込んだからって飛び込んだら、
自分、死んじゃいますよね?

このジョークでも言われているように、
日本人はみんなと同じであること、
みんな我慢しているんなら、
自分も我慢するものだと思って、
我慢を通しちゃうところがあるんです。

これでは「幸せになる」という
人生の目的からすると
本末転倒なんです。


ということは
「自分の幸せって何だろう?」
って考えないといけない。

本来のあるべき形は
「みんなそうだから」ではなく
「私はどうなりたいのか、
 どうしたら幸せなのか」
なんです。

まずは
自分自身はもっと幸せになっていいんだ
自分の幸せってどこにあるのか
を考え始めてみること。

これが
どの人にも必要な考え方だと
私は思います。

あなたの幸せは、みんなの幸せにつながる。

あなたの一番大事なもの

自分の感情に蓋をしてはいけません。
見えないふりをしてはいけません。
 
自分が何をどう感じているのか、
しっかりと感じて、
見定めてください。
 
それが自分が何者であるかを確かめる方法です。
 
 
他人が何を言おうとも
 
自分が何を思うのか、
何を感じるのか。
何を好きで、何を嫌いなのか。
 
それが例え一番身近な人からの
心配の言葉であっても、
 
あなたのことを思っての
アドバイスであったとしても、
あなたはあなた自身の心に従うべきです。
 
あなたの人生はあなたのもので、
他人の人生ではないからです。
 
 
悲しみ
怒り
嫉妬
くやしさ
 
いったん全て受け入れて
それらの感情がどこから来たのか、
どうして感じたのか考えてみてください。
 
 
虫歯は無視しても治りません。
悪化するだけです。
 
虫歯だと認めて治療するしかないんです。
 
虫歯になった原因を見つけて、
次はならないようにと準備することが必要です。
 
治療するのは
少しも恥ずかしいことではありません。
 
 
 
自分を見つめ、
ただ立ち向かってください。
 
あなたは必ず乗り越えられるからこそその経験をしているんです。

専門家のチカラ

今日、携帯電話の

機種変更をします。
昨日一度来店して、機種の予約と
必要書類をもらってきました。


ショップの方に機種の説明を聞いて、
その方でも分からない操作上の事は
アップルに直接電話して
聞くように教えてもらい、
手続き専門の方に交代して
手続きをしてもらいました。


機種の説明の専門家
iPhoneの専門家
書類手続きの専門家
って、
携帯一つとっても
役割が分担されてるんですね。

で…
改めて思ったことがあります。

人生で
「これをやりたいな!」って
思った時でも同じなんですが…

知識のある専門家に助けてもらう。


これが最短最速で
手に入れたい結果を手にする方法なんです。

ここで多くの人がやってしまう事なんですが、
友達に相談する。
先輩に尋ねる。
家族に聞く。
身近にいる、専門家ではない人の
意見を聞いて判断しようとするんです。

家族、友人、お世話になった人。
もちろん
あなたにとって大事な人たちで、
あなたのためを思って
親身になって考えてはくれますが…


例えば
「携帯の画面がフリーズしちゃって、
 ホームボタンを押しても
 電源が落ちないんだよね。
 どうしたらいい?」
っていう質問にすぐ答えてくれますか?
(答えられる詳しい方もいるとは思いますが)

携帯のことであれば携帯会社の人に聞く。
保険のことであれば保険会社の人に聞く。
ビジネスのことであれば、
ビジネスコンサルタントに聞く。

これが最短で
求める結果を手に入れる方法です。


私たちの人生の目的は、
「幸せになる事」なんです。


あなたが
「これがやりたい!」
って思ったときに

「やめた方がいいんじゃない?」
「それは失敗すると思うよ」

という周りの意見を聞く必要はありません。

プロではない
周りの意見に流されていると、
私の携帯の例のように
「動画を撮りたいのに、容量がいっぱいで、
 せっかくダウンロードしたアプリを
 消さないといけない…」
「電子書籍を読むには
 ちょっと画面の小ささが気になる…」
「充電の減りが異常に早くなってきた…」
という

「あれが不便…」「ここも気になる…」


という小さなストレスを
ため込んだまま、


周りの
「容量を減らすには
 こうしたら良いらしいよ」
という、
その場しのぎの手段に時間を取られたり


「新しい機種に何万円も
 払うなんてもったいない」
という観念に縛られて、
不便な毎日を過ごすことになってしまいます。

そして、あなたが本当にやりたいこと、
心から幸せだと感じることをやる
人生を手に入れましょう。


もしあなたが
人生を幸せに生きるために
何かお手伝いができれば
うれしいなと思っています。

あなたの幸せは、みんなの幸せにつながる。

「がんばって」を超える良い言葉

私は「頑張って」という言葉があんまり好きではありません。

あんまり好きではありませんが、
「頑張って」以外にかける言葉が無いので使います。

私が最近頑張ってねって言ったのは
仕事が終わらなくて疲れている家族に。

自分の活動を広めようと、
プロモーション活動を頑張っている仲間に。

職探しを頑張っている友人に。

マラソン大会で走っているわが子に。

出産中の我が家のモルモットに。



私が頑張ってっていうのは、
必ずすでに
頑張っている人に対してなんですよ…

すでに頑張っている人、
今現在一生懸命やっている人に
「頑張れ」って言うのって
違和感を感じるんです。

”今の頑張りよりももっと頑張れ!”
って追い打ちをかけるみたいな気がして。

私の言葉の受け取り方の問題なのかもしれませんが…

すでに頑張っている人に言える
もっと良い日本語無いんでしょうか?

「応援してるよ!」とかでしょうか。



時々、頑張り方を間違えてる人がいます。

それは、一生懸命自分を抑え込むのことを
頑張ってしまうタイプの頑張り屋さん。

自分を抑えて、
やりたいことも我慢して
周りの人に尽くすことが良いと信じて
一生懸命自分を
抑え込むタイプの頑張り屋さんは…
今すぐ、頑張るのをやめましょう。

人はだれしも、心の奥底に
「これをやりたい」
「こんなことはしたくない」
っていう気持ちがあるはずです。

本当はそんな気持ちがあるのに、
無理やり抑え込んでだり、我慢していると
他人が我慢しないで自由に
のびのびと好き勝手しているのを見た時
”あの人は間違っている”
”あんなのは常識的じゃない”
とか言いたくなるんです。

他人を批判する負の感情や嫉妬。


それが沸いてくるのは
あなた自身が自由に生きていないから。

だから自分の我慢や努力を
”私はこうやって我慢しているんだから”
と、周りの人にも強要するようになっていきます。

そうなると、あなたは
良かれと思って行動しているのにも関わらず
周りの人にとっては”嫌な人”に
なってしまうのです。



第16代ローマ皇帝
マルクス・アウレリウスが言ったそうですが、
「隣人の語ること、行うこと、
考えることに気をかけない者は、
どれだけ多くの利益を受けることだろうか。」
つまり、周囲のことは
できるだけ気にしないようにしましょう。

あまり気にしていても、
疲れるだけで良いことはありません。
っていうことです。



他人を批判したくなった時、
悪口が口を突いて出てきた時、
他人に嫉妬を感じる時。

それは、あなたの中に
頑張りすぎている部分があるという
サインかもしれません。

もっとリラックスしても、
もっとシンプルでも良いんです。

あなたの中の
頑張りすぎを手放して
もっと楽に、幸せに生きましょう。

沈没船から飛び降りる理由

人生、「こんなもんでしょ」って
思ってる人が多いなって思います。
今日はそこのところをお話ししますね。

例えば
・今の仕事はやりがいがあるとか
 好きとかじゃないけど、仕事って
 嫌でも我慢してやるものでしょ。

・夫婦関係冷めちゃってるけど、
 離婚しても生活に困るから今のままで仕方ない。
とか、

・親にいつも
 「こうしなさい、ああしなさい」
 って言われて、本当は嫌だけど
 親の言う事は聞くものだから…

・職場の人間関係にうんざりしてるけど、
 次の仕事が見つかるかどうか
 分からないから、辞めないで我慢してる。
など…

そんな、
「みんな我慢してるんだから仕方ない」
「仕事(とか結婚)って、こんなもんでしょ」
という観念で自分を納得させて、
我慢しちゃってる人が多いように思います。


確かに、
「みんな我慢してる
ことなんだから、それが当たり前」
っていう雰囲気もあると思います。

でも、実際はどうでしょう。

私たちの人生の目的は、
「幸せになる事」なんです。

なのに、
周りの人たちがそうだから。
皆やってることだから。
…って

自分の幸せよりも
「みんなと同じであること」を
優先させている人が多いんですね。



「沈没船ジョーク」をご存じでしょうか。
これは、国民性を端的に表したジョークで、
的を得ていると有名です。

世界各国の人々が乗った
豪華客船が沈没しかかっています。

でも、乗客の数に比べて、
脱出ボートの数は足りません。

その船の船長は、乗客を
海に飛び込ませようとしますが…。

さて、船長が各国の人を
飛び込ませるために言った
言葉とは何でしょう?

アメリカ人には
「飛び込めばヒーローになれますよ」

イタリア人には
「海で美女が泳いでいますよ」

フランス人には
「決して海には飛び込まないで下さい」

イギリス人には
「紳士はこういう時に海に飛び込むものです」

ドイツ人には
「規則ですので海に飛び込んでください」

日本人には
「みなさんはもう飛び込みましたよ」

え、皆さんが
飛び込んだからって飛び込んだら、
自分、死んじゃいますよね?


このジョークでも言われているように、
日本人はみんなと同じであること、
みんな我慢しているんなら、
自分も我慢するものだと思って、
我慢を通しちゃうところがあるんです。

これでは「幸せになる」という
人生の目的からすると
本末転倒なんです。

ということは
「自分の幸せって何だろう?」
って考えないといけない。

本来のあるべき形は
「みんなそうだから」ではなく
「私はどうなりたいのか、
 どうしたら幸せなのか」
なんです。

まずは
自分自身はもっと幸せになっていいんだ
自分の幸せってどこにあるのか
を考え始めてみること。

これが
どの人にも必要な考え方だと
私は思います。

「こうしなきゃいけない」は手放そう!【2】

「こうしなきゃいけない」は手放そう!【1】
こちらから
 
 
何かを許せないと思うには必ず背景があります。
ある人が自由にしている行動が、
自分には許されていない。
(もしくは、過去、許されてこなかった)
 
羨ましい!
 
と思う気持ちかもしれません。
 
 
もしくは、
小さなころから親に教えられてきた観念、
「そんなことをしてはいけません」
と言われてきたことを、他の人がしていたら
それをそのまま自分に当てはめて
 
「私ならそんな行動はしない」
 
「そんなことはしてはいけないはずだ」
 
と思って怒りを感じる場合があります。
 
 
 
でもそれは、
成長の過程で親や先生から教えられてきた観念です。
 
その観念を持っている限り、
あなたの周りには絶えず許せない人が現れ、
あなたをイライラさせることでしょう。
 
 
先ほども言いましたが、
他人を変えることはできません。
 
だって他人は自分と違う観念をもって生きてきたのですから、
あなたと同じ観念を持っていないからって怒る必要は無いのです。
 
あなただって、
あなたが納得できない、他人の観念を押し付けられて
「あなたは間違っている」
と言われたって困ってしまうでしょう?
 
 
だったら、なにか怒りや、不満、違和感を感じた時、
あぁ、
これは自分がどんな観念を持っているのかを
知るための良い機会なんだな、
 
と考えてみてください。
 

 
例えば私は、
時間にルーズな人が信じられませんでした。
 
 
学校には時間前にきちんと行くもの。
 
仕事が始まる15分前には職場について、始業時間と同時に仕事は開始するもの。
 
友達を待たせちゃいけない。
 
そう思ってきたからです。
 
 
これらは一見当たり前のことなんですが、
この観念を持っていると、時間に遅れる人が許せなくなってしまうんですね。
 
「なんで待ち合わせをするといつも私が先に来て、
 10分も20分も待たされるんだろう。
 あの人はなんてルーズな人間だ」
 
「なんであの人は始業時間なのにまだ同僚と話をしているんだろう。
 数分かもしれないけど、私の方が多くきちんと働いているのに
 給料が同じだなんて許せない。」
 
「あの人は時間にルーズなくせに私には別のことで怒ってくる。
 こんな人からのアドバイスは受け入れがたい。」
 
 
学生時代は遅刻するとその遅刻した人を先生が怒ってくれていたので、
「あぁ、やっぱり遅刻するあの子が悪くて、私は正しいんだな」
と、私の留飲も下がっていました。
 
 
 
でも社会に出て何年も生きていると、色んな人に出会います。
 
私は始業20分前に来ているのに、
ある人は始業時間ギリギリ、
もしくはぴったりに来て慌てて仕事を始めるんです。
(当然数分は始業時間が過ぎてから仕事を始めることになります。)
 
 
待ち合わせをすると、必ず遅刻してくる友人。
それも、5分や10分ではありません。
 
「忘れ物をした」
「家事が終わらなかった」
「直前に用事を頼まれた」
 
理由は色々なんですが、常に20分30分遅れる。
理由が無くても、必ず5分程度の遅刻は当然のこと、
その人の中では、
自分が遅刻したとさえ思っていないんです。

 
 
 
「明日の10時にお電話します!」

と言った取引先の営業さん。
 

私は10時ピッタリに電話の前でじっと待っているのに、
10時10分になっても15分になってもなかなかかかってこない。
 
すっごく手持無沙汰で、やっと電話がかかってきた時には
「ただ待ってた私の時間を返して欲しい」
と、イライラが募っています。
 
 
そんな人たちに出会うたびに
「なんでこの人たちは時間を守らないのか?」
 
と思っているうちは、何も変わりません。
 
 
怒りを感じる出来事や人に出会った時に、
「なぜ今私は怒りを感じたのかな?」

 
と自分を振り返ってみて下さい。
 
 

そして例えば、自分は親から

「遅刻するのはいけないことだ」
 
と、
小さなころから教えられてきた経験が
あるのを
思い出したとしたら、

 
それが、自分が親から教わった「観念」なんだな
と理解してみましょう。

 

 
もちろん、時間を守るのは社会人としてのルールではあります。
 
でも、その観念を持っていることによって
他人にイライラしたり、怒りがわいてしまうとか、自分の中に
ネガティブなエネルギーが生まれてしまうとしたら、
 
そのイライラを生む観念を、
大事に持っている必要があるでしょうか?
 
 
「そうは言っても、時間を守るって当然のことだし、
 私の観念が原因だって言われたって納得が出来ないよ…」
 
そうですよね。そう思いますよね。
じゃあ、質問を変えてみましょう。
 
 

自分に良い影響がない観念をずっと持ったまま、
イライラする人生を送りたいですか?
 
それとも
他人の遅刻ごときでいちいち振り回されず、
穏やかな心で過ごせる自分でありたいですか?
 

 
長年持ち続けてきた観念は、
すぐに手放せるものではありません。

でも、まずは
「もう少し時間を守ることに対して
 おおらかになってみても良いかな」
 
と受け取ってみる事。
 
そして、次にルーズな人を見てイラっとしてしまった時に
「あ、また私の観念が出て来てるんだな」
と感じる事。
 
それを何回も繰り返すことで、
だんだんとルーズな人に対して寛容になることが出来ます。
 
これは、ルーズな人をOKとせよ、と
言っているわけではありません。
 
周りの人の行動によって、
自分の感情を振り回されないために
必要な考え方だと思ってみて下さい。
 
今までは「当然守るべき社会のルール」と思ってきたことを、
「この観念を持っていない人もいるんだな」
って思えたらしめたものです。
 
これはあなたがもっと気楽に生きるためのヒント。
 
この考え方を選ぶかどうかはあなたの自由です。